本文
多くの人は、個性の特色をいくら語り、個性的でありたいと願いつつ、実は、一方では「人並み」であることを求めている。周囲から外れたり、遅れたりすることは、彼らを極度に不安にさせる。「同じ」思いを抱いていることを発見することは大きな安心感を与えるはずである。「同じ」思いの通ずる仲間が見つかると、たちまち群れる。①そうした人々(個性的にありたいと願いつつ、実は「人並み」であることを求める人々)の傾向は、今や日本人にだけ偏ったものではなく、多かれ少なかれ、本能的なものとして、人間が持っている要素であると言ってよい。
にもかかわらず、凡庸(注1)であることは、表向き、いかにも忌み嫌われる(注2)ものである。それは、おそらく、人間というものの大多数は凡庸に生きざるを得ないにもかかわらず、自分の未来もまたその限界の内にあるということを、うすうす知っているのであるが、そのことをはっきりと規定されることは、自分の生きる希望のない、固定された枠の中に押し込められてしまうことであり、それは②個としての価値を否定されてしまうことであると感じられるからである。
生きる意欲があるのに、目の前の未来はこれでしかない、という当たり前のものとして規定されることは、未来に向かうものとしての、生きる意欲の本質的な条件を根こそぎにする。自分は有限な存在であることを、大筋では認めつつ、しかも、その枠内に未知の部分をあくまで残しておく。そこに自らが個であることの証を求めようとするのである。
(注1) 凡庸:平凡であること (注2) 忌み嫌う:ひどく嫌う
にもかかわらず、凡庸(注1)であることは、表向き、いかにも忌み嫌われる(注2)ものである。それは、おそらく、人間というものの大多数は凡庸に生きざるを得ないにもかかわらず、自分の未来もまたその限界の内にあるということを、うすうす知っているのであるが、そのことをはっきりと規定されることは、自分の生きる希望のない、固定された枠の中に押し込められてしまうことであり、それは②個としての価値を否定されてしまうことであると感じられるからである。
生きる意欲があるのに、目の前の未来はこれでしかない、という当たり前のものとして規定されることは、未来に向かうものとしての、生きる意欲の本質的な条件を根こそぎにする。自分は有限な存在であることを、大筋では認めつつ、しかも、その枠内に未知の部分をあくまで残しておく。そこに自らが個であることの証を求めようとするのである。
(注1) 凡庸:平凡であること (注2) 忌み嫌う:ひどく嫌う
問題
問 56①そうした人々(個性的にありたいと願いつつ、実は「人並み」であることを求める人々)の傾向は、どのようなものか。
問 57何が②個としての価値を否定されることにつながるというのか。
問 58筆者の考えに合っているものはどれか。