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長文N1

個性とは何か

本文

以下は、十代の若者に向けて書かれた文章である。 誰でも、自分が自分であることを望み、個性的でありたいと願っている。そしてその一方では、自分が他のみんなと違った、自分であることを恐れている。 本当は、「個性的」であろうと思って、個性的になれるものではない。それはたいてい、「個性的」といわれる一つの型に、自分を当てはめていることだったりする。人間にとっては、「個性的でありなさい」などと言われても、どうしてよいかわからないものであって、「個性的」とよばれる型を持ったほうが楽なのだ。しかしそれは、本当に個性的なわけではない。 それでも、青年期に向けて、個性的でありたいと試みることは、よいことだ。とくにそれが、一つの型に沿わなくても、ある個性的でありたいとして挫折したり、個性的であることから逃避することも含めて、自分にとって個性とは何か、考えるとはよいことだ。それは、自分が自分であることの、あかしでもある。 そこでは、特に悩むことがあったり、どうしたら個性的な人間になれるかと、模索することもあるかもしれない。それはじつは、「個性的」であること以上に、自分というものを意識していくこと、一つの過程である。そういう意味で、「個性的」であるかどうかではなくて、自分というものが確立していくことが、大事なこととも言える。 そしてじつは、個性というものは、人間のそれぞれに備わったもので、その個性がありのままに出ていることが、本当の意味で個性的である。まさに、本当の自分が出せないから、没個性的になるのだ。 もちろん、人間はまわりの社会を気にするものであって、自分をよそおうことも含めて、社会のなかで存在できない。無理につくって、自分のよそおいを捨てようとしても、捨て切れるものではない。そうした、社会とのかかわりも含めて、自分というものはある。 ただ、つくったり、いじけたりしていては、自分の個性は発揮できない。気楽に自分でいるようにしなくては、本当の意味で個性的になれないものだ。 そして、ありのままの自分を出すことへの不安が、「個性的」を一つの型にしたり、あるいはそういう型から逃げる道へ向かわせたりもする。 それでは結局、自分とはありのままの自分しかない。それを自覚したとき、きみは個性的なきみになる。

問題

62青年期に個性的でありたいと試みることは「よいことだ」とあるが、なぜか。

63個性について、筆者はどのように考えているか。

64筆者が最も言いたいことは何か。