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研究者と能動的に聞く

本文

私は、自分の研究をおもしろいと思えるのと同じ程度に、他人の研究をおもしろいと思えるかどうかが、研究者に向いているかどうかの判断の基準だと思っている。いくらいい成果を出す人であっても、他人の研究を自分の仕事と同じだけの熱量をもっておもしろがれなければ、研究者としてはっきり不向きだと思わざるを得ない。学者としては失格だろう。 これがもっとも端的にあらわれるのが、研究発表の際に見られる質問の量である。(中略) 発表された内容を、当事者として自分ならこういう実験をし、結果をこう解釈することもできる、明確な結論を得るためにはこの部分に不備があり、次にはこんな実験を計画すれば、もっとはっきりした結論に到達することができるのではないか、などなど、考え始めれば、あちこちから尋ねたいことは次から次へと出てくるはずなのだ。 私はこれを「能動的に聞く」と言っている。人の話は、能動的に聞いてこそ、自らの身につくものだ。話された内容をただひたすら覚えようとしたり、吸収しようとしているだけでは、却ってその知識は自分のものとならない。 「能動的に聞く」とは、話された内容を、自らのこれまでの知の体系のなかに位置づけることであり、位置づけるためには、聞きつつ常に自分の知の体系を確認し、照合する作業を伴うはずである。外部からインプットされてくる内容と、既存の自らの知識の箱とのあいだに軋轢が生じるのは当然であり、その軋轢こそが質問を促す力になる筈なのだ。

問題

53筆者によると、研究者として不向きな人はどのような人か。

54筆者によると、どのようにすれば質問の量が増えるか。