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長文N1

犬の訓練と序列

本文

うちの犬は頭がよくないけれどどやみに吠えない。これは大犬の性格である。もうひとつ、絶対に噛みつかない。これは訓練士に仕込まれた成果である。大きな犬なので発育できる子供に嚙みつき事件にならないように。

訓練士は二十代の女性でスクーターに乗ってやってきた。訓練時間は週に4回、各30分である。半年近く経ってから訓練が終わらないので、いつになったら卒業できるのですか、と訪ねた。家庭内での序列がはっきりしたら、と説明する。序列ね、どういうことかな、とさらに質問すると、①お宅の坊ちゃんがまだ……。

十年前のおで息子は小学生である。体格的にも夫と息子に差がない。うちの夫はまず俺、つぎに妻と気の強い娘に参戦(注1)していると。寝てもあくびばかりしている。両者は最下位争いを演じたまま四つに組んで(注2)決着がつかないらしい。

動物は序列に敏感なのだ。(中略)

女性の訓練士が説明した。犬をかわいがっているつもりで甘やかし、自分が主人と信じ込んで飼い主を舐めた結果である。動物はつねに威嚇しながら序列を確認しているから、仲間同士は本来で喧嘩をしない。相手が強い、とわかれば争わない。喧嘩したら互いに傷つき、厳しい自然界では生き残れないから。

さすがに血のめぐりの悪いわが家の犬も、ある日、息子にゴツンと頭を叩かれ、最下位が確定、平和的に棲み分けが決まり、予算オーバーの訓練は終了した。

動物から教訓を得たわけではないが、家庭内でもタテマエとしての序列がないと混乱がはじまる。祖父の権威の衰失が取り返しのつかないところまできたのは家父長制(注3)を肯定しすぎた結果でもある。戦前は長子相続で、次男以下は相続権がなく女性にいたってはこの他大勢の扱い、ひどいものだった。そういう状態を復活せよ、と言っているのではない。共働きには賛成である。家事も分担したほうがよい。だが③男女平等をはきちがえてはいけない。家庭は動物の巣に似た面がある。権威としての父性、包容力(注4)の母性まで削り取ってはいけない。父親は筋肉質で顔をはやし、母親は柔らかな肌とやさしい笑顔があるように、それらしく演じ分けたほうがよい。頻発する家庭内暴力が役割構造の衰失と無縁ではないからである。

(猪瀬直樹「家」1999年9月26日付朝日新聞朝刊による)

(注1)参戦する:負ける
(注2)四つに組む:しっかり向き合って闘うこと
(注3)家父長制:男性の年長者が家族を支配するという制度
(注4)包容力:相手を寛大な気持ちで受け止める力
単語よみがな意味品詞
序列
じょれつ
hierarchy, pecking order名詞
家父長制
かふちょうせい
patriarchal system名詞
包容力
ほうようりょく
tolerance, capacity for acceptance名詞

問題

65①お宅の坊ちゃんがまだ……とあるが、「まだ」の後に続く言葉はどれか。

66②脳をぶりと噛みつかれた飼い主がいたとあるが、この犬はどうして噛みついたか。

67③男女平等をはきちがえてはいけないと言っているが、筆者は「はきちがえ」るとどうなると考えているか。

68この文章で筆者が最も言いたいことは何か。