本文
わが国の文章の書き手として、想像・想像するという言葉をもっともよく使ったのは、おそらく柳田国男であろう。民衆に伝えられる生活の習慣、用具などに残る手がかりをつうじて、なつかしい古層(注1)へとたどる民俗学の、わが国での開拓者として、柳田にはこの言葉をきわめてたいせつなものであった。
柳田は、それと空想・空想するという言葉とを区別しようとした。その文章の脈絡によって、空想・空想するとし、また語りかける相手のちがいによって、想像・想像するとした。しかし後者の場合も、空想・空想することをしだいに正確にしてゆけば、想像・想像するにいたるという、段階的なつながりにおいて——あい接し(注2)境界がぼやけていることはあるにしても、その上辺と下辺では、ちがいがはっきりしている、という仕方で——使われている。
具体的な根拠のない、あるいはあってもあいまいなものにたって行う古層への心の動きを空想とし、より はっきりとした根拠にたつ、想像・想像することとして、柳田は使いわけているのである。
そこで時には、やや、とか、あきらかにとかいう限定辞をかぶせねばならぬのではあるが、空想・空想するには、人間の心の働きとして、マイナス・消極的評価のしるしがついており、想像・想像するは、プラス・積極的評価のしるしがついている。
(大江健三郎 『新しい文学のために』による)
(注1)古層:ここでは、古い時代
(注2)あい接し:互いに接し
柳田は、それと空想・空想するという言葉とを区別しようとした。その文章の脈絡によって、空想・空想するとし、また語りかける相手のちがいによって、想像・想像するとした。しかし後者の場合も、空想・空想することをしだいに正確にしてゆけば、想像・想像するにいたるという、段階的なつながりにおいて——あい接し(注2)境界がぼやけていることはあるにしても、その上辺と下辺では、ちがいがはっきりしている、という仕方で——使われている。
具体的な根拠のない、あるいはあってもあいまいなものにたって行う古層への心の動きを空想とし、より はっきりとした根拠にたつ、想像・想像することとして、柳田は使いわけているのである。
そこで時には、やや、とか、あきらかにとかいう限定辞をかぶせねばならぬのではあるが、空想・空想するには、人間の心の働きとして、マイナス・消極的評価のしるしがついており、想像・想像するは、プラス・積極的評価のしるしがついている。
(大江健三郎 『新しい文学のために』による)
(注1)古層:ここでは、古い時代
(注2)あい接し:互いに接し
| 単語 | よみがな | 意味 | 品詞 |
|---|---|---|---|
| 民俗学 | みんぞくがく | folklore studies | 名詞 |
| 脈絡 | みゃくらく | context, connection | 名詞 |
| 限定辞 | げんていじ | limiting word, qualifier | 名詞 |
問題
問 56柳田が「空想・空想する」と「想像・想像する」にはどのような関係があると筆者は考えているか。
問 57柳田が「空想・空想する」という言葉を使うのはどのようなときだと筆者は考えているか。
問 58柳田が「想像・想像する」という言葉を使うのはどのようなときだと筆者は考えているか。